英国人カペルの真実を追え!

1840年12月19日生まれのフィリップ・サミュエル・カベルデュは、イギリス王室の属領といいながらもフランスにほど近いジャージー島のセント・ヘリア出身です。
彼は、1870年7月4日に妻とともに、開港して2年の神戸の港に降り立ちました。
その翌年には、1人目の子供であるP・アーサー・F・カベルデュが生まれています。

1871年には、彼の会社であるカベルデュ&カンパニーが神戸元町の居留地で創業しています。
職種は、仕立てと紳士服店(Tailors and Outfitters)でした。
創業時には13番にあったと思われる彼の会社は、1874年に16番に移転しているようです。
ちなみに、1868年の外国人居留地区画別の第1回競売では、13番はイギリス人のキルビーによって、また16番はイギリス人のジョージ・クレーによって落札されています。同じイギリス人ということもあり、その番地で会社を運営していたのでしょうか。カベルデュの会社やお店に関する資料は、今のところ見当たりません。

アーサーともう一人の息子ウォルサーは父の会社で働いた後、1893年に横浜に移り、W&Aカベルデュ・アンド・カンパニーを設立しましたが、1895年には会社は操業を停止しているようです。
カベルデュ一家について、今のところ私が知っていることは、これくらいです。

さて、ここに出てくる神戸にやってきたイギリス人フィリップ・サミュエル・カベルデュこそが、おそらく数々の神戸における近代洋服の発祥物語に登場する英国仕立て人カペルその人だと思われます。
実際、他に“カペル”と呼ばれるような仕立て業の人も、残存する資料には見当たりません。

英国人カベルデュに関する記録はあまりないのが現状ですが、ファッション都市・神戸の来し方を詳らかにするためにも、引き続き調査を続けていきたいと思います。

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